山口ももさんは、LDH主催のガールズグループオーディション「ガルバト」から誕生した10人組グループ「CIRRA(シーラ)」のメンバーとして活躍する17歳のダンサーです。
2008年5月12日生まれ、神奈川県出身のももさんは、高校に進学せず夢を追いかける道を選びました。
そんなモモを支えてきたのは、厳しくも温かい父親の言葉でした。
引っ越しバイトで生活費を稼ぎながら、深夜までダンスレッスンを続ける日々。
NoNoGirlsの5次審査で涙を飲んだ経験も、今の山口ももさんの糧になっています。
この記事では、山口ももさんの父親が伝えた厳しい言葉の真意や、引っ越しバイトとダンスを両立させた過酷な日々、そしてガルバトで逆転合格を掴んだ成長の軌跡について、詳しく調べてまとめました。気になる方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
山口もも(モモ)の父親が伝えた厳しい言葉とは?
山口ももさんが高校進学をせずダンサーの道を選んだとき、父親から投げかけられた言葉は、とてもシンプルで、そして重いものでした。
「プロになるつもりなら、それくらいしないと」
この言葉は、ももさんが引っ越しバイトと飲食バイトのダブルワークをしながら、深夜までダンスレッスンを続ける過酷な日々を送っているときに伝えられたものです。
決して甘やかすことなく、プロとしての覚悟を問う父親の姿勢が伝わってきますよね。
厳しい言葉のようにも聞こえますが、この言葉の裏には「お前ならできる」という信頼と期待が込められていたのではないでしょうか。
事実、ももさんはこの言葉を胸に、午前8時から午後5時まで引っ越し作業をこなし、その後深夜までダンスレッスンに打ち込むという日々を続けました。
私も会社員として働きながら自分の時間を作る難しさは知っているので、10代半ばでこの生活を続けたももさんの精神力には本当に頭が下がります。
父親の言葉は、甘えを許さない厳しさと同時に、夢を追いかける娘への応援メッセージでもあったんだと思います。
また、ももさんは父親だけでなく母親とも頻繁に話し合いを重ねていたそうです。
高校に行かない分、時間の使い方をちゃんと考えなきゃいけないという家族間での共通認識があり、その中で「自分のためになるバイト」を探すという発想が生まれました。
この父親の言葉があったからこそ、ももさんは妥協せず努力を続けることができたのでしょう。家族の支えと厳しさ、両方があってこその成長だったんですね。
高校に行かない選択をした理由と覚悟
多くの人が高校進学を当たり前の選択肢として考える中、
山口ももさんは16歳という若さで
「高校に行かない」
という決断をしました。
その理由と覚悟について、詳しく見ていきましょう。
プロダンサーになる夢のために決断
ももさんがダンスを始めたのは9歳の頃。
それから7年間、ダンスに打ち込んできたももさんにとって、プロダンサーになることは譲れない夢でした。
高校に進学すれば、学業と部活、友人関係など、ダンス以外のことに時間を使う必要があります。しかしももさんは、「今この瞬間にダンスに全力を注ぎたい」と考えたのです。
ガルバトのオーディションで語ったももさんの言葉からは、その覚悟が伝わってきます。
˚ʚ♡ɞ˚ Background
— HANA Updates (@HANAupdates) October 6, 2024
❤️🔥Trained in Studio HANA! (BE:FIRST's SOTA home studio)
❤️🔥Former member of Studio HANA!'s varsity dance crew KANA-BOON
❤️🔥Instagram: https://t.co/hWhmPEFEg4#MOMO #モモ #YamaguchiMomo#NoNoGirls #NNG #ノノガ pic.twitter.com/o3dpU98H6I
「高校に行ってない分、時間の使い方をちゃんと考えなきゃいけない」
という自覚を持ちながら、毎日をダンスに捧げる生活を選びました。
ももさんのこの決断は、10代半ばとは思えないほど成熟した判断力と、夢への強い想いがあったからこそできたものでしょう。
世界大会優勝者でも満足しなかった理由
ももさんは、神奈川県のダンススタジオ「Studio HANA」内のダンスチーム「KANA-BOON」(カナブーン)のメンバーとして、世界大会で優勝という輝かしい実績を持っています。
普通なら「世界一になった」という事実に満足してもおかしくありません。しかし、ももさんは違いました。
世界大会優勝という肩書きがあっても、ももさんの中には「まだ足りない」という思いがあったのです。
ガルバトのオーディションでは、
「いいダンサーって言われてすごく嬉しかったけど、まだ歌のスキルが身についてないのかなって。ショック、ショックでした。自分はそこですごい火がつきました。歌もっと頑張ろうってそこで思いました」
と語っています。
この向上心の高さこそ、ももさんの最大の魅力ですよね。
すでに達成した成果に満足せず、常に次のステージを目指す姿勢は、プロフェッショナルとして必要不可欠なものです。
また、自分の声について
「女の子なのに太い結構ハスキーな声、好きじゃなくてもっとなんか可愛い声が良かったなっていうのがあった」
と正直に語りつつも、
「歌の知識がどんどん今ついてってるので、あ、この声武器になるんじゃないかなっていうのは思い始めてます」
と前向きに捉え直せる柔軟性も持ち合わせています。
世界一になっても満足せず、自分の弱点を認めて克服しようとする姿勢。
この成長マインドがあったからこそ、高校に行かないという選択が単なる「逃げ」ではなく、「攻めの決断」になったのでしょう。
引っ越しバイトで生活費を稼ぎながらレッスン漬けの日々
高校に行かないと決めた山口ももさんですが、生活費を稼ぐために選んだのは「引っ越しバイト」という、かなりハードな仕事でした。
その過酷な日々について、詳しく見ていきましょう。
午前8時〜午後5時は引っ越し作業、その後深夜までダンス
ももさんの1日のスケジュールは、想像を絶するハードさでした。
【ももさんの1日】
午前8時〜午後5時:引っ越し作業
午後5時以降〜深夜:ダンスレッスン
引っ越しバイトは、重い荷物を運んだり、階段を何度も往復したりと、体力を激しく消耗する仕事です。
それを9時間こなした後、疲れた身体にムチを打ってダンススタジオへ向かう。
そこから深夜までレッスンを続ける。
この生活を10代半ばの女の子が続けていたと考えると、その根性と覚悟に驚かされます。
私も少しだけストリートダンスをやっていた経験がありますが、練習だけでもクタクタになるのに、その前に肉体労働をこなすなんて、想像しただけで身体が悲鳴を上げそうです。
しかし、ももさんにとってこの過酷な日々は、プロダンサーになるための通過点でした。
父親から言われた
「プロになるつもりなら、それくらいしないと」
という言葉を胸に、歯を食いしばって頑張り続けたのです。
飲食バイトとダブルワークの過酷な生活
さらに驚くべきことに、ももさんは引っ越しバイトだけでなく、飲食バイトとのダブルワークもしていた時期があったそうです。
引っ越しバイトは体力勝負、飲食バイトは接客スキルと素早い対応が求められます。全く異なる2つの仕事を掛け持ちしながら、ダンスレッスンも続けるというのは、並大抵の精神力ではできません。
10代半ばという年齢で、多くの同世代が学校生活を楽しんでいる中、ももさんは朝から晩までバイトとダンスに明け暮れる日々を送っていました。遊びたい盛りだったでしょうし、友達と過ごす時間も欲しかったはずです。
それでも、夢のために今やるべきことを優先する。
この姿勢は、「小さく続ける」「結果よりもプロセスが大切」という私自身の価値観とも重なります。派手な成果がすぐに出なくても、毎日コツコツと積み上げていく時間こそが、後の大きな成長につながるんですよね。
「時間の使い方を考えなきゃ」両親との話し合い
過酷なダブルワーク生活を続ける中で、ももさんは両親と何度も話し合いを重ねました。
その中で出てきたのが、
「高校に行ってない分、時間の使い方をちゃんと考えなきゃいけない」
という共通認識でした。
ただ闇雲にバイトをして、ダンスをするだけでは意味がない。
限られた時間をどう使うか、どうすれば自分の成長につながるのか。ももさんは両親と一緒に、真剣に考えたのです。
そしてたどり着いた答えが、「自分のためになるバイト」を探すという発想でした。
引っ越しバイトや飲食バイトは確かに生活費を稼げますが、ダンサーとしての成長に直結するわけではありません。
もっと自分のスキルアップにつながる仕事はないだろうか?
ダンスを学びながら、同時に収入も得られる方法はないだろうか?
こうした問いを立てられるのは、両親としっかりコミュニケーションを取っていたからこそです。家族のサポートがあったからこそ、ももさんは次のステップへ進むことができました。
この「時間の使い方」という視点は、私自身も会社員として働く中で常に意識していることです。誰にとっても1日は24時間。その使い方次第で、未来が大きく変わってくるんですよね。ももさんは10代半ばにして、このことを深く理解していたのです。素晴らしいですね。
バイトからダンス教室アシスタントへ転身
引っ越しバイトと飲食バイトのダブルワークという過酷な日々を送っていた山口ももさんですが、ある転機が訪れます。
それが、ダンス教室のアシスタントという仕事との出会いでした。
憧れの岩水先生との出会い
「自分のためになるバイト」を探していたももさんは、ダンス教室のアシスタントという仕事があることを知りました。
そして、憧れていた岩水先生という指導者に、自らDMを送って直談判したのです。
「アシスタントさせてもらえたらしたいです」
このDMには、ももさんの真剣な想いが込められていました。
これは、ただお金を稼ぐためではなく、「学ばせていただきたい」という姿勢。
このモモの謙虚さと向上心が、岩水先生の心を動かしたのでしょう。
実際、ダンス教室のアシスタントとして働き始めてから、ももさんは生徒たちにとって憧れの存在になっていったそうです。
岩水先生も
「みんな、ももちゃんになれるように、ももちゃんみたいに溺れるように頑張ってくる子が増えました」
と語っています。
憧れの人に直接連絡を取るなんて、勇気がいることですよね。
でも、その一歩が未来を変えるきっかけになる。ももさんはそれを行動で示してくれました。
「自分のためになるバイト」を見つけた意味
ダンス教室のアシスタントという仕事は、ももさんにとって単なる収入源以上の意味を持ちました。
| 引っ越し・飲食バイト | ダンス教室アシスタント |
|---|---|
| 生活費を稼ぐ手段 | 学びながら収入を得る手段 |
| 体力を消耗する | ダンススキルを磨ける |
| ダンスとは無関係 | 指導力も身につく |
ダンス教室のアシスタントとして働くことで、ももさんは「教える」という経験も積むことができました。自分が踊るだけでなく、人に教えることで、技術の理解がより深まります。
また、生徒たちから応援のメッセージ動画もかわいいですよね!
「ももちゃんみたいになりたい」
と憧れられることで、自分自身も成長しなければという責任感も生まれたでしょう。
これこそが、両親と話し合って見つけた「自分のためになるバイト」の真の価値です。
お金を稼ぎながら、同時に自分のスキルアップにもつながる。時間を有効活用できる。まさに一石二鳥ですよね。
ももさんのこの選択は、10代半ばとは思えないほど戦略的で、将来を見据えた賢明な判断だったと思います。
ダンス教室のアシスタントという仕事を見つけたことで、ももさんの生活は大きく変わりました。過酷な肉体労働から解放され、より多くの時間とエネルギーをダンスに注げるようになったのです。
この環境の変化が、次のチャレンジであるガルバトへの挑戦につながっていきます。
NoNoGirls落選からガルバト合格までの成長
山口ももさんのキャリアを語る上で欠かせないのが、NoNoGirls(ノノガ)とガルバト、2つのオーディションでの経験です。
一度は夢破れた悔しさをバネに、見事逆転合格を掴んだ成長の物語を見ていきましょう。

引用元:X @HANAupdates ファンアカウント
5次審査で涙を飲んだNoNoGirls
ももさんが最初に挑戦したのは、BMSGとちゃんみながタッグを組んだガールズグループオーディション「No No Girls」でした。ダンス歴7年、歌唱歴6ヶ月(当時)という経歴を引っ提げて挑んだこのオーディションで、ももさんは5次審査まで進出しました。
5次審査では「擬似プロ審査」という、プロが作った楽曲をプロのスタイリング・ヘアメイクで歌唱するという、まさに本番さながらの審査が行われました。7人×2チームに分かれてパフォーマンスを披露し、最終審査に進む14名から7名のファイナリストが選ばれるという、非常に厳しい関門でした。
結果は、惜しくも落選。
しかし、この経験がももさんを大きく成長させることになります。
ガルバトのオーディションでももさんはこう語っています。
「NoNoGirlsに出て、自分の周りの人との経験値の浅さがすごいあって」と。
「経験値の浅さ」を痛感した16歳
NoNoGirlsの5次審査で、ももさんは自分と他の候補生との「経験値の差」を痛感しました。ダンスでは高く評価されたものの、歌唱力やパフォーマンス全体のバランスにおいて、まだ足りないものがあると感じたのです。
「いいダンサーって言われてすごく嬉しかったけど、まだ歌のスキルが身についてないのかなって。ショック、ショックでした」
この言葉からは、ももさんの正直な気持ちと、同時に
「このままでは終われない」
という強い決意が伝わってきます。
落選という結果を受け入れつつも、それを言い訳にせず、自分の弱点を冷静に分析できる力。
これこそが、ももさんの大きな強みだったのでしょう。
ガルバトでモモを知った方、ぜひNoNoGirlsのパフォーマンスも見てほしいです😭🔥
— NoNoGirlsファン (@YesYesGirls) August 23, 2025
2次審査 https://t.co/vw9yOGBbT7
3次審査 https://t.co/6c5bOADm15
4次審査 https://t.co/QmLsz9oKb5
5次審査 https://t.co/aRKYHifEG8 https://t.co/NKTzZRPLoC#モモ #MOMO #ガルバト #ガルバトオーディション pic.twitter.com/q71nwOwUKV
私自身も、何かに挑戦して思うような結果が出なかったとき、落ち込むことはあります。
でも、その経験から学び、次につなげることができれば、それは決して無駄にはなりません。
ももさんの姿勢は、まさに「結果よりもプロセスが大切」という価値観を体現しているように感じます。
また、ももさんはこう続けています。
「今はもっとまだ16歳なので、もっとたくさんのことを経験して、どんどん積み上げていって、そしたら本当のなりたい自分が見つかるのかなって思っているので、ひたすら努力して頑張りたいなって思ってます」
16歳という若さで、ここまで自分を客観視できるのは本当にすごいことです。焦らず、一歩一歩積み上げていく。その姿勢が、次のチャンスであるガルバトへとつながっていきます。
ガルバトで逆転合格を掴んだ理由
NoNoGirlsでの悔しさを胸に、ももさんが次に挑んだのが、LDH主催のガールズグループオーディション「GIRLS BATTLE AUDITION – ガルバト」でした。
審査員の一人である元E-girlsの佐藤晴美さんからは、「あの頃よりもまたさらにテレビの中にいたあのももさんからまたさらになんかパワーアップしてる感じが今日すごい」と評されるほど、ももさんは明らかに成長していました。
その成長の秘訣は何だったのでしょうか?
【ももさんの成長ポイント】
✓ NoNoGirlsでの経験から学んだこと
✓ 歌のスキルアップに集中した期間
✓ ハスキーボイスを「武器」と捉え直したマインドチェンジ
✓ ダンス教室アシスタントで培った指導力と責任感
✓ 経験値を積み上げることへの貪欲さ
特に注目すべきは、自分の声のコンプレックスを克服したことです。
「女の子なのに太い結構ハスキーな声、好きじゃなかった」
と語っていたももさんですが、歌の知識を深めていく中で
「この声、武器になるんじゃないか」
と前向きに捉え直すことができました。
この思考の転換は、ももさんのパフォーマンスに大きな自信をもたらしたはずです。弱点を強みに変える。これこそが、ガルバトで逆転合格を掴んだ最大の理由だったのではないでしょうか。
そして2025年11月29日、ガルバトの最終審査で、ももさんは見事デビューメンバー10名の1人に選ばれました。グループ名は「CIRRA(シーラ)」。NoNoGirlsで涙を飲んだあの日から、約1年。ももさんは夢を掴んだのです。
私は、この逆転劇に本当に胸が熱くなりました。一度失敗しても諦めず、そこから学んで成長する。その姿勢こそが、最終的に夢を実現させる力になるんですよね。ももさんの物語は、多くの人に勇気を与えてくれると思います。
山口ももの簡単プロフィール
ここで、CIRRAのメンバーとしてデビューした山口ももさんの基本プロフィールを整理しておきましょう。
年齢や生年月日、身長は?
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 山口もも(やまぐち もも) |
| 生年月日 | 2008年5月12日 |
| 年齢 | 17歳(2026年1月現在) |
| 出身地 | 神奈川県 |
| 身長 | 163cm |
| MBTI | ESFP |
2008年5月12日生まれということは、2026年5月で18歳になるももさん。
まだ10代という若さで、プロのエンターテイナーとしてのキャリアをスタートさせました。身長は163cmと、日本人女性の平均よりやや高めですね。
MBTI(性格診断)ではESFP型とのこと。ESFPは「エンターテイナー」とも呼ばれるタイプで、社交的で活発、人を楽しませることが得意な性格だと言われています。まさにパフォーマーにぴったりの性格ですね!

引用元:X
世界大会優勝の経歴とCIRRAデビュー
【ダンス経歴】
ももさんは神奈川県のダンススタジオ「Studio HANA」内のダンスチーム「KANA-BOON」(カナブーン)に所属していました。このチームで世界大会に出場し、見事優勝という輝かしい実績を残しています。
ちなみに、KANA-BOONにはBE:FIRSTのSOTAさんも過去に所属していたことがあるそうです。世界レベルのダンサーを輩出する環境で腕を磨いてきたことが、ももさんの高いダンススキルの基盤になっているんですね。
【オーディション経歴】
・2024年:No No Girls(BMSG×ちゃんみな主催)5次審査まで進出 ・2025年:GIRLS BATTLE AUDITION – ガルバト(LDH主催)デビューメンバー合格
【デビュー】
2025年11月29日、ガルバト最終審査で10人組ガールズグループ「CIRRA(シーラ)」のデビューメンバーに選出されました。所属はLDH Japanです。
CIRRAのプロデュースは元E-girlsの佐藤晴美さんが担当しており、「E-girlsの復権」を掲げるグループとして、大きな期待が寄せられています。2025年12月16日にはプレデビューシングル『one-way runway』がリリースされ、本格的な活動がスタートしました。
ももさんの経歴を見ていると、一つ一つの経験が次のステップにつながっているのが分かりますよね。世界大会優勝という成果だけに満足せず、NoNoGirlsで経験値の浅さを痛感し、そこから成長してガルバトで合格を掴む。この積み重ねこそが、ももさんの強さの源だと思います。
世間の反応やSNSの声
CIRRAのデビューメンバーに選ばれた山口ももさんに対する、世間やSNSでの反応を見ていきましょう。
【ダンススキルへの評価】
「ももちゃんのダンス、マジで次元が違う」 「世界大会優勝の実績は伊達じゃない!キレがすごい」 「ノノガのときより確実にパワーアップしてる」
やはり世界大会優勝という経歴を持つだけあって、ダンススキルの高さには多くの称賛の声が集まっています。ガルバトの審査でも、ダンスの評価は常に高かったようですね。
【成長への驚き】
「NoNoGirlsからガルバトまでの成長がエグい」 「あの短期間でここまで変われるのすごすぎる」 「ハスキーボイスが武器になってる!」
NoNoGirlsとガルバト、両方のオーディションを見ていた視聴者からは、ももさんの目覚ましい成長に驚く声が多数上がっています。特に歌唱力の向上と、自分の声を武器に変えたマインドチェンジが評価されているようです。
【努力への共感】
「引っ越しバイトしながらダンス続けてたとか、根性ありすぎ」 「高校行かずに夢追いかける覚悟、すごいと思う」 「ダンス教室のアシスタントまで自分で掴みに行ったの偉い」
ももさんのバックグラウンドが知られるにつれ、その努力の過程に共感し応援する声が広がっています。華やかなステージの裏側にある、地道な努力と覚悟。それを知った人たちは、より一層ももさんを応援したくなるようです。
【CIRRAへの期待】
「ももちゃんがいるCIRRA、絶対売れる!」 「E-girls復権って言ってるけど、新しい時代のグループになりそう」 「ダンスも歌も両方できるグループって最強じゃん」
CIRRAというグループへの期待も高まっています。佐藤晴美さんプロデュースという安心感と、ももさんをはじめとする実力派メンバーが揃っていることで、「次世代を担うグループになる」という期待の声が多く見られました。
私も、こうしたSNSの反応を見ていると、ももさんの努力が多くの人に届いているんだなと嬉しくなります。結果だけでなく、そこに至るプロセスを知ってもらうことで、より深い共感と応援が生まれるんですよね。
まとめ:父親の言葉を胸に夢を掴んだ山口もも
山口ももさんについて、この記事で分かったことをまとめます。
・父親から「プロになるつもりなら、それくらいしないと」という厳しくも愛情ある言葉を受けた
・高校に進学せず、プロダンサーになる夢を優先する選択をした
・午前8時から午後5時まで引っ越しバイト、その後深夜までダンスレッスンという過酷な日々を送った
・両親と話し合い、「自分のためになるバイト」としてダンス教室アシスタントに転身
・憧れの岩水先生にDMで直談判し、チャンスを掴んだ
・NoNoGirls 5次審査で落選するも、経験値の浅さを痛感し成長
・ハスキーボイスをコンプレックスから武器へと捉え直した
・ガルバトで見事逆転合格、CIRRAのデビューメンバーに選出
・2008年5月12日生まれの17歳、神奈川県出身、身長163cm
・世界大会優勝の実績を持つダンスチーム「KANA-BOON」出身
大切さを教えてくれます。父親の厳しい言葉、過酷なバイト生活、オーディションでの挫折。
どれも簡単なことではありませんでした。
でも、その一つ一つがももさんを成長させ、最終的にCIRRAのメンバーとして夢を掴むことにつながったのです。
「小さな砂も積み上げれば富士の高さにもなる」という言葉がありますが、まさにももさんの歩みはそれを体現していますよね。
私自身も、会社員として働きながら自分の目標に向かって少しずつ努力を続けています。
ももさんの姿を見ていると、「結果よりもプロセスが大切」という価値観を改めて感じます。
派手な成果がすぐに出なくても、毎日コツコツ積み上げていくこと。それが、いつか大きな花を咲かせるんだと信じています。
CIRRAとしてのももさんの活動はまだ始まったばかりです。
これから世界で活躍し、多くの人に感動を届けてくれることを、心から期待しています。
ももさん、本当におめでとう!そしてこれからも、応援しています!
長くなりましたが最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

コメント