「プッシュプッシュ!」でお馴染みの演歌歌手・徳永ゆうきさん。バラエティでの活躍が注目されていますが、「どんな学生時代を過ごしてきたの?」「大学は行ったの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
実は徳永さん、工業高校で機械科を専攻し、鉄道関係の仕事に就くことを夢見ていた学生でした。ところが、高校2年生のときに友人の誘いでNHKのど自慢に出場したことが、人生を大きく変えるきっかけになったんです!
この記事では、徳永さんの学歴や学生時代のエピソード、そして友人の一言がどのように人生を変えたのか、詳しくまとめました。読み終わる頃には、努力を積み重ねてきた徳永さんの姿に心を動かされると思いますよ!
プッシュ徳永ゆうきの学歴を総まとめ!大学には行ってない?
まず最初に、徳永ゆうきさんの学歴を整理してみましょう。
| 学校 | 学校名 | 備考 |
|---|---|---|
| 小学校 | 大阪市立伝法小学校 | 大阪市此花区 |
| 中学校 | 大阪市立此花中学校 | 柔道部に所属 |
| 高校 | 大阪府立西野田工科高等学校 | 機械科、柔道部キャプテン |
| 大学 | 進学せず | 高校卒業後すぐに上京しデビュー活動 |
徳永さんは大学には進学していません。
高校卒業後、すぐに東京へ上京し、演歌歌手としてのデビュー活動をスタートさせました。当時18歳。夢に向かって迷わず進む決断をしたんですね。
私も大学に行くべきか、それとも別の道を選ぶべきか悩んだ経験がありますが、18歳という若さで自分の道をはっきりと決められるって、本当にすごいことだと思います。
出身高校は大阪府立西野田工科高等学校!
徳永さんの出身高校は、大阪府立西野田工科高等学校です。
大阪市西淀川区にある公立の工業高校で、機械・電気・建築などの専門技術を学べる学校です。工業高校ということで、将来は技術職に就くことを目指す学生が多く通っています。
機械科で鉄道関係の仕事を目指していた
徳永さんは機械科に所属していました。
子供の頃から大の鉄道好きだった徳永さんは、「鉄道会社に就職したい」という夢を持っていたそうです。そのために工業高校の機械科を選び、将来は鉄道関係の技術職に就くことを目指していたんですね。
実際、工業高校の機械科は、鉄道会社への就職に有利な学科。電車の整備や車両管理などの仕事に必要な知識や技術を学べるため、鉄道ファンにとっては憧れの進路なんです。
演歌歌手になる前は、鉄道マンを目指していたというのは意外ですよね。でも、鉄道への愛は今も変わらず、撮り鉄として活動を続けています。
野球部に入りたかったのに柔道部へ?
高校入学時、徳永さんは実は野球部に入りたかったそうです。
ところが、野球部は人気が高くて人数が多く、レギュラーになるのが難しそうだと感じたとのこと。そこで、「自分が活躍できる場所はどこだろう?」と考え、柔道部に入部することを決めたそうです。
この選択が、のちに大きな実を結びます。
柔道で黒帯(初段)を取得した実力
柔道部に入部した徳永さんは、努力を重ねて黒帯(初段)を取得しました!
さらに、柔道部のキャプテンまで務めるほどの存在感を発揮。中学・高校と柔道に打ち込んだ経験は、今でも彼の財産になっているそうです。
柔道初段は、基本的な技術をマスターし、相当な稽古を積んだ証。高校生で黒帯を取得できる人は、それほど多くありません。徳永さんの努力の賜物ですね。
私も学生時代にスポーツをやっていましたが、一つのことを続けて結果を出すって本当に大変です。徳永さんの継続力と努力には頭が下がります。
高校2年生で人生が激変!友人の誘いがすべての始まり
そして、徳永さんの人生を大きく変える出来事が起こります。
2011年7月、友人に誘われてNHKのど自慢へ
2011年7月、徳永さんが高校2年生のとき、友人から「一緒にNHKのど自慢に出ない?」と誘われました。
もともと演歌が好きで、家族の郷友会などで歌を披露していた徳永さんですが、「のど自慢」に出場するつもりはなかったそうです。でも、友人の誘いを断り切れず、軽い気持ちで応募したんだとか。
この「友人の誘い」が、すべての始まりでした。
番組チャンピオンに輝いて自信がついた
2011年7月24日、大阪府泉南郡熊取町で開催された『NHKのど自慢』に出場した徳永さん。
大川栄策さんの「はぐれ舟」を歌い、見事チャンピオンに輝きました!
それまで「自分は鉄道関係の仕事に就くんだ」と思っていた徳永さんでしたが、この優勝が大きな自信となり、「もしかしたら、歌手になれるかもしれない」と思い始めたそうです。
友人の何気ない一言が、人生を変えることがある——徳永さんのエピソードは、まさにそれを体現していますよね。もしあの時、友人に誘われなかったら、今の徳永ゆうきは存在しなかったかもしれません。
工業高校生が演歌で注目される
工業高校の機械科に通う16歳の少年が、演歌でチャンピオンになる——これは当時、かなり話題になりました。
「最近の若者は演歌を聴かない」と言われる中、高校生が堂々と演歌を歌い上げる姿に、多くの人が驚き、そして感動したんです。
地元の奄美関連郷友会でも「徳永君が優勝したぞ!」と大きな話題になり、徳永さんは一躍「演歌高校生」として注目されるようになりました。
翌年グランドチャンピオン受賞!歌手への道が開ける
のど自慢でチャンピオンになった徳永さんに、さらなるチャンスが訪れます。
2012年3月、NHKのど自慢チャンピオン大会で快挙
2011年にチャンピオンになった徳永さんは、2012年3月に開催された『NHKのど自慢チャンピオン大会2012』に出場する権利を得ました。
この大会は、全国各地の『のど自慢』でチャンピオンになった人たちが集まる、いわば「チャンピオンたちの頂上決戦」です。
「はぐれ舟」でグランドチャンピオンに
徳永さんは、前回と同じ「はぐれ舟」(大川栄策)を歌唱。
そして、見事グランドチャンピオンに輝いたんです!
当時17歳。全国から選ばれた強豪たちの中で、堂々の1位に輝いたわけですから、その実力は本物ですよね。
私もこの年齢で全国大会で優勝するって、どれだけすごいことか想像もつきません。日々の努力と、持って生まれた才能が開花した瞬間だったんでしょうね。
レコード会社からスカウトされる
グランドチャンピオン受賞後、ユニバーサルミュージックのレコード会社から声がかかります。
「この子は本物だ」と評価された徳永さんは、プロの演歌歌手としてデビューすることが決定。高校3年生を迎える頃には、すでに歌手デビューが決まっていたんです。
鉄道関係の仕事に就くという夢から、演歌歌手という新しい夢へ——人生の大きな転換期でした。
高校卒業後は大学に進学せず、すぐに上京してデビュー活動!
グランドチャンピオン受賞後、徳永さんは迷わず歌手の道を選びました。
2013年3月に高校を卒業
2013年3月、徳永さんは大阪府立西野田工科高等学校を卒業しました。
卒業後、すぐに東京へ上京。家族や友人に見送られながら、新しい人生のスタートを切ったんですね。
迷いなく演歌歌手の道を選んだ理由
「大学に進学する」という選択肢もあったはずですが、徳永さんは迷わず演歌歌手の道を選びました。
その理由は、「今がチャンスだ」と感じたから。レコード会社からのスカウトという千載一遇のチャンスを逃したくなかったんです。
また、家族も「ゆうきの夢を応援したい」と背中を押してくれたそうです。家族の理解とサポートがあったからこそ、迷わず進めたんでしょうね。
東京タワーでマンスリーライブをスタート
上京後、徳永さんは東京タワー大展望台club333でマンスリーライブをスタートさせました。
2013年4月23日に「徳永ゆうき”勇気りんりん”タワーLIVE Vol.1」を開催し、以後2014年3月まで、毎月第4火曜日にライブを続けたそうです。
デビュー前から地道にライブ活動を続け、ファンを増やしていく——この努力が、デビュー後の成功につながっていったんですね。
小学校・中学校時代はどんな子だった?
ここで、徳永さんの小学校・中学校時代についても振り返ってみましょう。
出身小学校は大阪市立伝法小学校
徳永さんの出身小学校は、大阪市立伝法小学校です。
大阪市此花区にある公立小学校で、地元の子供たちが通う学校ですね。
小学校時代から演歌が好きだった徳永少年は、周りの友達とはちょっと違った雰囲気の子供だったそうです。
学校帰りに親戚のカラオケ喫茶で演歌を熱唱
徳永さんは、学校帰りに親戚のカラオケ喫茶に行って演歌を歌っていたそうです。
他の子供たちが公園で遊んでいる中、徳永少年はカラオケ喫茶でおじいちゃんやおばあちゃんたちと一緒に演歌を歌う——なんとも微笑ましい光景ですよね。
中学生になると、祖父と一緒にカラオケ喫茶を訪れることも増え、そこで演歌を歌う姿が常連客の間で評判になっていったそうです。
同級生から「おっさん」と呼ばれた演歌少年
周りの友達がJ-POPやアニメソングを歌っている中、徳永さんは演歌ばかり歌っていたため、同級生からは「おっさん」と呼ばれることもあったそうです(笑)。
でも、徳永さんは気にせず、自分の好きな演歌を歌い続けました。この「ブレない姿勢」が、今の徳永さんを作っているんでしょうね。
私も周りと違うことをするって勇気がいることだと思いますが、自分の「好き」を貫き通した徳永さんの姿勢には本当に感心します。
学生時代から鉄道マニアだった!
徳永さんのもう一つの顔、それが鉄道マニアです。
鉄道関係の仕事に就くために工業高校を選択
先ほども触れましたが、徳永さんは鉄道関係の仕事に就きたいという夢を持っていました。
そのために、普通科の高校ではなく、工業高校の機械科を選んだんです。「鉄道会社に就職するには、技術を学んでおいた方が有利」と考えたからだそうです。
結果的には演歌歌手になりましたが、鉄道への愛は今も変わらず、趣味として続けています。
今でも続く撮り鉄の趣味
徳永さんは現在も撮り鉄として活動しています。
常に一眼レフカメラを持ち歩き、仕事の合間を見つけては電車の撮影をする筋金入りの鉄道ファン。SNSにも鉄道写真を頻繁に投稿されています。
また、2023年には長年の夢だった1日駅長・車掌を務めることもでき、鉄道ファンとしての夢も叶えています。
好きなことを続ける——これって本当に大切ですよね。私も何かを長く続けることの価値を日々感じていますが、徳永さんのように「好き」を貫き通す姿勢には勇気をもらえます。
世間の反応やSNSの声
徳永ゆうきさんの学生時代について、世間の反応を見てみましょう。
【学歴に対する声】
「工業高校から演歌歌手ってすごいギャップ」 「鉄道関係の仕事に就きたかったのに歌手になったって面白い」 「柔道黒帯って意外!文武両道だったんだね」
【友人の誘いについて】
「友達の一言で人生変わるってすごい」 「あの時誘ってくれた友人に感謝だね」 「運命的な出会いってあるんだな」
【学生時代のエピソードに対する声】
「小学生の頃からカラオケ喫茶で演歌って可愛い」 「同級生に『おっさん』って呼ばれてたの笑った」 「ブレずに好きなことを続けた結果が今なんだね」
温かい反応が多く、徳永さんの努力と人柄が愛されていることが分かりますね。
まとめ:友人の一言が徳永ゆうきの人生を変えた!
ここまで、徳永ゆうきさんの学歴と学生時代について詳しく見てきました。最後に要点をまとめておきましょう。
【徳永ゆうきの学歴・学生時代まとめ】
・小学校:大阪市立伝法小学校、カラオケ喫茶で演歌を歌う少年 ・中学校:大阪市立此花中学校、柔道部に所属 ・高校:大阪府立西野田工科高等学校(機械科)、柔道部キャプテンで黒帯取得 ・鉄道関係の仕事に就くことを夢見て工業高校に進学 ・高校2年生(2011年)、友人の誘いでNHKのど自慢に出場しチャンピオンに ・翌年2012年、のど自慢チャンピオン大会でグランドチャンピオン受賞(17歳) ・レコード会社からスカウトされ、歌手デビューが決定 ・高校卒業後、大学には進学せずすぐに上京 ・東京タワーでマンスリーライブをスタートし、デビュー活動を本格化 ・同級生から「おっさん」と呼ばれながらも、演歌への愛を貫き通した ・鉄道マニアとしての趣味は今も継続中
徳永ゆうきさんの人生を変えたのは、友人の何気ない一言でした。
「一緒にのど自慢に出ない?」——この誘いがなければ、徳永さんは鉄道関係の仕事に就いていたかもしれません。でも、友人の誘いをきっかけに、人生は大きく動き出したんです。
私もこの記事を書きながら、「小さなきっかけが人生を変える」ということを改めて感じました。友人の誘いに応じる勇気、チャンスを掴む行動力、そして夢を諦めずに努力し続ける姿勢——徳永さんの学生時代から学ぶことは本当にたくさんあります。
「小さな砂も積み上げれば富士の高さにもなる」という言葉がありますが、徳永さんの人生もまさにそうですよね。小学生の頃からカラオケ喫茶で歌い続け、高校でのど自慢に挑戦し、そして歌手デビュー——その一つ一つの積み重ねが、今の成功につながっているんです。
これからも、徳永ゆうきさんらしく、歌と鉄道への愛を貫きながら活躍してほしいですね!
友人の誘いに応えた勇気が、今の徳永さんを作りました。私たちも、目の前のチャンスを大切にして、一歩踏み出す勇気を持ちたいものです。
長くなりましたが最後まで読んでいただき感謝申し上げます。ありがとうございました!

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