デヴィ夫人大切な前歯欠けた!逮捕歴実弟自殺、売春婦、壮絶な過去を調べた!

バラエティー

1940年2月6日生まれの2024年現在84歳になるデヴィ夫人

美貌と若さをずっと保っているのは皆さんもご承知の通りだと思います。

80代で全部が自身の歯を持っている人は『奇跡』といわれ

2023年に行われた歯科検診啓発運動『健康ニッポン!プロジェクト』始動発表会では

『83歳で全て自分の歯』「お医者さんから奇跡と言われた」と話していたデヴィ夫人でしたが、

なんと!

「クリスタルの花瓶を持っていた手が滑って大切な前歯をガッチッツ!と。。
欠けてしまったことがある」と、ご自分の歯のトラブルについて真相を明かしました。

いったいどうしたのでしょうか?

その後どうなったのでしょうか??!

今回は、日本の芸能界におけるセレブ大御所タレントデヴィ夫人について深掘りしていきます!

デヴィ夫人の大切な歯 前歯が折れた!

そんな特に注目すべきエピソード

結婚歴、逮捕された過去、驚くべき総入れ歯になってしまった??という噂についてまとめてみました!

セレブ大御所タレント デヴィ夫人とは。。

デヴィ夫人というと その独特なキャラクターや華麗なる生涯、

更には鋭い洞察力で、辛口大御所タレント としても影響力があると広く認識されています。

デヴィ夫人には実の弟さんがいらっしゃったのですね

その弟さんはデヴィ夫人が元スカルノ大統領と結婚する同じ時期に自殺されているようです。

デヴィ夫人の出生と本名

デヴィ夫人の本名:ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ
旧名(日本名) :根元 七保子(ねもと なおこ)

生年月日    :1940年2月6日生まれ
出身地     :東京都東京市麻布区霞町
         日本国籍&インドネシア国籍

父親      :東京都東京市麻布区霞町の棟梁
兄弟      :弟

裕福ではなかった家庭、家族構成


・15歳で東宝制作映画「青ヶ島の子供たち 女教師の記録」にエキストラ出演
・高陵中学校、
・東京都立三田高等学校定時制課程進学 中退
・千代田生命保険に入社
16歳で父親が他界
・赤坂有名高級クラブ『コパカバーナ』で働く
19歳でインドネシアへの開発援助関連の東日貿易の秘書としてインドネシアのスカルノ大統領のもとへ送り込まれました。
・スカルノ大統領はデヴィをこの当時愛人として受け入れた

スカルノ元大統領との結婚

・1962年 スカルノ大統領と正式に結婚
 

4人の夫人の中の第三夫人となった

・結婚と同じ時期に、母が他界
         弟が自殺

・1965年 スカルノ大統領はクーデターにより失脚
・同年   デヴィ夫人は日本に亡命を希望したがかなわなかったのです。

・1967年 カリナを出産(スカルノ元大統領との一人娘 『カリナ』)
・同年  フランスに亡命

・1970年 スカルノ大統領死去の際、スカルノの地位や財産の相続権を失いました。
・インドネシア政府の方針により第3夫人としての遺産分与が行われたとの噂があります。

・エルゼアル・ド・サブラン・ポンドヴェス(フランス貴族)と婚約&破局

デヴィ夫人「売春婦」と叩かれ、実の弟の自殺!

弟の名前:根本 八曾男(ねもと やそお)
出身大学:早稲田大学

インドネシア大統領に見初められたデヴィはその後、大統領の4人いた愛人の1人であったが、正式に第三夫人となり、絢爛豪華な生活を送ることになる。

しかし、幸せな生活の日々というよりも、次々と不幸な出来事がデヴィの周りに起きるのでした。

それは、

日本ではインドネシアの大統領夫人となったデヴィ夫人を
大統領の第一夫人ではないということから、憶測を読んだのか
『日本を捨てた売春婦』と揶揄(やゆ)し、国辱的(こくじょくてき)な出来事として広く報道されたのでした。

そして、

実家にはマスコミが押し寄せ、執拗(しつよう)に取材攻撃をされたことから、
お母さんは体調を崩し、後に亡くなってしまったのでした。

さらに、

お母さんの他界後、実の弟にまで、マスコミの取材攻撃は続き、
弟さんはこのマスコミの執拗なまでの所在攻撃を苦に、
自宅のアパートで「ガス自殺」で命を絶ったのでした。

このことを、後にデヴィ夫人は、

母と弟を亡くしたことは本当に無念だったし、弟を自殺からなんとかして救えなかったか、それはほんとうに私が一生十字架を背負うくらい苦しんだことです。

と語っています。

現在、インドネシアの軍事博物館となっている元宮殿は、
デヴィ夫人が悔恨(かいこん)の念から、
弟さんの名前である『八曾男(やそお)』と名付けられました。

デヴィ夫人の逮捕歴とは?

2019年にデヴィ夫人は代表を務める芸能事務所「オフィス・デヴィ・スカルノ」の運営費を着服したとして業務上横領の罪に問われ
(求刑懲役4年6月)を言い渡された。

デヴィ夫人は「彼がどんな嘘を警察に言っているのか知りたい」と言い放った。

1992年1月2日にアメリカ、コロラド州で

セルヒオ・オスメニャ第4フィリピン大統領の孫娘のミニー・オスメニャさんに
ワイングラスでけがをさせて傷害罪で逮捕されました。
禁固60日の実刑判決で、
34日間収監されたということです。

デヴィ夫人クリスタルの花瓶で前歯を欠けさせた事件を語る

2:20 クリスタルの花瓶

まとめと感想

①80代で全部が自身の歯を持っている人は『奇跡』と言われていたデヴィ夫人は、

自宅マンションで、うっかり自分の手が滑ったことから
ご自分の前歯を欠けさせてしまっていたことが分かりました。

嘸かしショックだったと思います。。

②弟の根本 八曾男(ねもと やそお)さんは、

デヴィ夫人が「インドネシア大統領の第一夫人ではない」ということで、
その当時の日本では一夫多妻制他国の風習や文化に理解ができないといいますか、
狭い昭和の「こうでなければイケない。みんなと違うのはおかしい」風習(?)
に、マスコミが騒ぎ立てて、幸せなはずの家族を、破滅に追い込んだ。

今でも、大きく取り上げてもいいくらいの昭和あるあるいじめから、
ガス自殺追いい込められてしまった。ということだと思います。

③デヴィ夫人の逮捕歴

1992年1月2日にアメリカで
第4フィリピン大統領の孫娘のに
ワイングラスでけがをさせて傷害罪で逮捕されました。

理由を知りたかったので、調べてみましたが出てきませんでしたが、
デヴィ夫人の普段の雰囲気と、
ワイングラスでけがを負わせたという下りだけから連想してしまいますが、
相手が言った何かにプライドを傷つけられたデヴィ夫人が怒ってグラスを投げつけた??
ということだったら、ちょっと、記事ネタとしては面白くなるのですが、、
(デヴィ夫人に「名誉毀損」で訴えられそうですw)
真相はどうなのでしょうか?

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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